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大阪地方裁判所 昭和50年(行ウ)18号 判決 1979年5月31日

原告 山子樹幹

被告 近畿郵政局長 ほか一名

代理人 平井義丸 ほか八名

主文

一  原告の被告近畿郵政局長に対する訴えを却下する。

二  原告の被告国に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事  実<省略>

理由

第一被告近畿郵政局長に対する請求について

まず、原告の被告局長に対する訴えが出訴期間を遵守したものであるかどうかについて検討する。

一  <証拠略>を総合すると、次の事実を認めることができる。

人事院は、原告の本件処分に対する審査請求について判定を行ない、昭和四九年一一月二〇日、守口市大日町四丁目二三三番地大日荘一六号原告宛に本件判定書を書留郵便に付して発送し、右書留郵便は、同月二三日、門真守口郵便局員福田によつて右原告方に配達されたが、原告不在であつたため門真守口局に持帰られた。同局勤務の谷川洋一は、右同日配達業務を終えた福田から、原告宛の書留郵便が右同局に来ている旨告げられ、即刻同局特殊係へ赴き同係に保管されている右判定書在中の書留郵便を「谷川」の受領印を押捺して受取り、同日夕刻、右郵便を原告に手渡すべく持参して原告方へ赴いたが、原告が不在であつたためやむなく右郵便を持帰り、門真守口局において同局勤務の関本登美男に対し、差出人が人事院であることから原告の本件処分に関する判定書ではないかと告げて手交した。関本は、その後二、三回にわたり谷川をして右郵便を原告方へ持参させたが、原告が不在であつたため原告に手渡すことができなかつた。

関本は、その頃、全逓守口支部の支部長であり、人事院に対する原告の本件審査請求の代理人でもあつたところ、同支部においては原告の本件処分撤回闘争を支援するために「山子君支援対策委員会」を組織し、関本及び谷川が右委員会の中心メンバーとして支援活動を行なつていたことから、関本は右郵便を開封し本件判定書を読むと共に同月二五日、全逓守口支部執行委員会、山子君支援対策委員会の連名で、人事院が不当にも本件処分を妥当とする判定書を送付して来たこと、右判定は全逓守口支部が本件処分を民事訴訟で闘うことを決定した直後になされたものであること、全逓守口支部は直ちに人事院に対して抗議文を出すと共に処分の不当性を明らかにして今後とも処分撤回に向けて勝利の日まで闘うことを明らかにする、などと記載した「抗議文」を門真守口局地下一階に設置されている全逓守口支部掲示板に掲出した。

谷川は、昭和四三年四月から守口局集配課に勤務する原告の親友であり、前記山子君支援対策委員会の中心メンバーとして支援活動を行ない、又後記のごとく原告と同居していたことがあつたことから、原告が勤務のために不在である際の郵便物や右委員会からの連絡事項を原告に代つて受領・伝達することを原告から依頼されていたため、前記のごとく福田から右郵便物が保管されていることを連絡されるや即刻受領するに至つたものである。

原告は、本件処分を受けた後、原告住所地近隣の会社にアルバイトとして勤務したが、昭和四六年一二月頃から百貨店の商品配送を業とする昭和運輸に勤務し、昭和四九年一一、一二月頃は寝屋川市秦所在の昭和運輸寝屋川営業所において勤務していたが、右時期が年末の多忙時ではあつたものの外泊することもなく大日荘から通勤していた。そして、昭和四九年頃には従前程門真守口局を訪れることはなかつたが、同年一二月三日午後四時五〇分頃同局を訪れ、監視員に対し、全逓守口支部事務室及び食堂に赴く旨告げて右庁舎へ入り、同日午後六時二七分頃まで右庁舎に留まつた。

谷川は、原告が前記大日荘に居住し始めた昭和四三、四年頃以後において、時々大日荘の原告方において宿泊することがあつたが、そのうちに自己の居住していたアパートを出ることとなり、遂に大日荘で原告と同居するに至り以来同居生活を営んでいた。そして、谷川の妹が上阪することとなつた昭和四九年二月、門真市石原町二四番一五号所在のアパート(三畳、四畳半、炊事場付)を賃借し妹と同居することとしたため、その頃から右アパートに移転することとなつたが、原告方から明確に今日転居する旨告げて出たのではなく、その後においても時々大日荘において宿泊することがあり、昭和四九年一二月二九日午前一一時四〇分頃門真市中町一番一号先交差点において発生した交通事故によつて負傷した際にも、まず大日荘に赴き原告不在であるにも拘らず自ら開錠したうえ入室して静養し、又その翌日頃にも大日荘に赴き入室した。なお、谷川は、大日荘の原告方入口の開錠方法を了知していたので、右原告方への出入を自由にすることができるたのである。そして、谷川は、右のごとく大日荘から転居したものの守口局に対する通勤届は従前通りとし、大日荘を住所として通勤手当の支給を受けていたが、昭和五〇年四月三〇日に至り、同年一月一日をもつて前記アパートに関する昭和四九年二月作成の賃貸借契約書を添付して門真市石原町二四番一五号に転居した旨の届出を提出した。

右審査請求手続には前記関本以外に弁護士である代理人が選任されていたところ、全逓守口支部においては、右判定書受領後暫くして右担当弁護士に右判定書が送達されたことを電話をもつて連絡しようとしたが、右弁護士の事務所が移転していたため連絡をとることができず、その後昭和五〇年春頃に至り右弁護士との間に連絡がついたものである。

以上の事実を認めることができ、<証拠略>のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし、特に<証拠略>については同証言の前後を対比総合するときにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、取消訴訟の出訴期間は、行訴法一四条一項によると、処分又は裁決(以下、裁決等という。なお、人事院規則一三―一の五二条一項によると、裁決を判定と呼称する。)があつたことを知つた日から三か月以内と規定されているところ、右裁決等があつたことを知つた日とは、被処分者又は審査請求人(以下、審査請求人らという。)が現実に裁決等があつたことを知つた日であることは当然のこととし、右裁決等の告知又は送達が処分書又は裁決書(以下、裁決書等という。なお、人事院規則一三―一の五二条二項によると、裁決書を判定書と呼称する。)の送付をもつてなされた(裁決について・行政不服審査法四二条二項、右規則五四条)ときには、裁決書等が審査請求人らに出会わない場合に同居者、事務員又は雇人にして事理を弁識するに足る知能を具える者に交付された日であり(民事訴訟法一七一条参照)、又審査請求人らから裁決書等を受領する権限を与えられている者がいる場合にはその者が裁決書等の交付を受けた日であると解するのが相当である。

右認定事実によると、谷川は原告から同人不在のとき原告に配達された郵便物等を原告のために受領する権限を与えられていたので、昭和四九年一一月二三日、原告宛に配達され不在のため門真守口局に持帰られ保管されている本件判定書在中の郵便物を右権限に基づいて受領したものということができ、よつて、原告は、昭和四九年一一月二三日、本件判定のあつたことを知つたものというべきである。

二  原告は、昭和五〇年一月一〇日頃、門真守口局へ行つたとき判定書の交付を受け、判定の内容を知つたものであると主張するが、前記一において認定した事実によれば、谷川は右郵便物を受領した後原告方に数度にわたり持参し、原告方へ自由に入室することができたのであるから、谷川の判断次第では容易に原告に右郵便物を交付することができたこと、谷川は右郵便物を原告の本件審査請求の代理人でもある関本に手交し、関本において右郵便物を開封し、判定書を読んだ後訴訟手続を含め本件処分撤回闘争を続ける旨表明していること、原告は、昭和四九年一二月三日、門真守口局の全逓守口支部事務室等へ赴く旨告げて入局しているところから、その際前記「抗議文」を見、或いは本件判定書を受取つたのではないかとまで推測し得ること、本件訴えの提起が昭和五〇年四月三日に至りなされたのは、原告側の事情により訴訟代理人となるべき弁護士との連絡が早急にとれなかつたことによるものであることが窺われ、以上の諸事実を総合すると、原告は遅くとも昭和四九年一二月三日、原告が門真守口局の支部事務室を訪れた際に本件判定の内容を知つたものと推認し得るのであつて、原告主張の事実は、到底認め得ないのみならず、およそ、受領権限を有する者が裁決書等を受取つたときは、本人が裁決等のあつたことを知つた場合と同視すべきことは当然であるから、本人がその後に裁決等の内容を知つたとしても、出訴期間は、右受領権限ある者が裁決書等を受取つたときから進行するというべきである。

これに反する原告の主張は採用することができない。

三  そうすると、原告の被告局長に対する本件訴えは、原告が本件裁決のあつたことを知つた日である昭和四九年一一月二三日から三か月の出訴期間を経過した後である昭和五〇年四月三日に提起された不適法な訴えといわなければならない。

第二被告国に対する請求について

一  <証拠略>によると、原告は、昭和四〇年四月一日、臨時補充員として採用され(この点については当事者間に争いがない。)、同日付で京都郵政研修所初等部勤務を命ぜられ、同月二五日右研修所初等部郵便外務特別訓練を修了した後、翌二六日守口局集配課勤務を命ぜられ、同年七月一日事務員に、昭和四四年一〇月一日郵政事務官にそれぞれ任命され、本件処分に付されるまで右同課に勤務していた(右勤務していたことについては当事者間に争いがない。)ことが認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二  請求原因2記載の事実については当事者間に争いがない。

三  そこで、本件処分に該当する事由(被告らの主張1ないし6記載の事実)の存否について検討する。

被告らの主張1及び2記載の事実については当事者間に争いがなく、<証拠略>を総合すると、被告らの主張3ないし6記載の事実(被告主張の日時、場所において、原告と山本主任の間に紛争が生じ、原告が山本主任に対し「殴つたろか。」と発言し、山本主任の足を二回蹴つたこと、原告が右暴行後興奮状態の中で退職する旨のメモを書き、以後の勤務をなさず職場を離脱したことについては当事者間に争いがない。)を認めることができ、右認定に反する<証拠略>は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難い。

右認定にかかる原告の行為は、山本主任及び森田代理に対し、再三にわたり暴言を浴びせ、山本主任に何ら理由なく暴行を加えた点において国公法九九条に違反し、上司である藤枝副課長が発した職務上の命令に従わなかつた点において同法九八条一項に違反し、同副課長の制止を聞かず、無断で勤務場所を離脱しその所在をくらませ職務を放棄した点において同法一〇一条一項前段に違反し、同法八二条各号所定の懲戒事由に該当するものということができる。

四  原告は、原告の右行為に対し懲戒免職処分をもつて臨んだ本件処分は、懲戒権を濫用して行われたものであり、その瑕疵は重大かつ明白であるから無効であると主張するので検討する。

1  国家公務員について懲戒事由がある場合、懲戒権者が懲戒処分を行うかどうか、国公法八二条所定の四種の処分のいずれを選択するのが相当であるかの判断は、成法上具体的な基準が定められていないため、結局懲戒権者は、懲戒事由に該当する行為の性質、態様、原因、結果等のほか、当該公務員の右行為における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等諸般の事情を総合してなすべきものであることからすると、右の判断については、庁内の事情に通じ、現に職員の指揮監督の衡にあたつている懲戒権者の裁量に任されているものと解するのが相当であり、よつて懲戒権者の処分選択が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、右裁量権の範囲内にあるものとして違法とならないものというべきである。従つて、裁判所が右処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分選択の可否・適否を判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである(最高裁昭和四七年(行ツ)第五二号同五二年一二月二〇日第三小法廷判決民集三一巻七号一一〇一頁参照)。

右のような見地に立つて、本件の場合に懲戒権の濫用、すなわち本件処分が社会観念上著しく妥当を欠くものと認められるかどうかについてみるに、前記認定の事実によれば、本件紛争の発端は、原告が手術のあとが雨に濡れなければ配達作業をできると答えながら、自らすすんで右職務遂行に対する工夫・努力をすることなく、徒に時を過していたことにあるというべきであり、森田代理及び山本主任が右のような原告に対し、適切な指導をなすべく努めているにも拘らず、原告は、自らの非を顧みることなく右両名に暴言を浴びせ、激昂のあげく山本主任に暴行を加え傷害を負わしめたという悪質な行為であり、又右暴行後、原告は藤枝副課長が仕事に就くようにとの職務上の命令を出しているにも拘らず全くこれを無視し、軽々に退職するなどと口走り、かつ乱暴な行為をとりつつ無断で勤務場所から退出して所在をくらませ、以後終業時まで約六時間近く職務を放棄したことは、たとえ興奮していたとはいえ、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務すべきことを常に念頭におくべき公務員としてはあるまじき行為として強く非難されなければならず、原告の右暴行及び職務放棄の結果、当日原告及び山本主任が配達すべき郵便物約二九四〇通が配達不能となり、翌日まで配達が遅延するという影響が生じているのであり、これら原告の行為は、いづれも違法性の重大なものといわなければならない。

2  そこで、原告主張にかかる本件処分が懲戒権の濫用であるとする要因について考察する。

まず、原告は、本件紛争の責任の大半は山本主任にある旨主張(請求原因3(二))するので按ずるに、山本主任が原告に対し挑発的な態度をとつたとの点についてはこれを認めることができないこと前記認定事実より明らかなところであり、山本主任が好んで事を構えようとしていたとの点については原告指摘の事実をもつてしても即断することはできない。ただ、前記認定事実によると、山本主任の原告に対する指導方法が必ずしも最適のものであつたとはいい難いところがあるが、右指導に対する原告の態度及び山本主任が原告の上司として職務を遂行すべく真摯な気持で指導を行なつていることを慮るとき、右の点をとらえて原告の行為の違法性を弱めるものということはできず、まして本件紛争の責任の大半を山本主任に帰せしめる事情ということはできない。よつて、原告の右主張は採用することができない。

又、原告は、本件処分が当局側の関係者のみから得た一方的な調査資料に基づいてなされた点において、国公法八四条二項の趣旨に照らし適正手続に違反する旨主張(請求原因3(三))するので検討する。

任命権者が職員を懲戒手続に付する場合には、懲戒事由に該当する事実等を確定する必要があることはいうまでもないところ、右懲戒手続について国公法上具体的に規定することなく、人事院規則一二―〇(職員の懲戒)五条に「懲戒処分は、職員に文書を交付して行わなければならない。」と規定しているにすぎない。しかして、原告の指摘する国公法八四条二項は、人事院が独立して、任命権者のほかに職員に対して懲戒権を行使し得ること、右懲戒権を行使する際には国公法所定の調査(同法一七条等)を経なければならないことであるから、右処分手続において何ら違法というべき点は見当らず、右山本主任、森田代理、藤枝副課長、大坪課長が当局側の関係者であるとの理由のみで、これを違法視すべきでないことは、いうまでもないところである。よつて、原告の右主張は理由がない。

さらに原告は、本件処分は他の類似の事例に対する懲戒処分に比し、著しく均衡を失する過酷な処分であると主張(請求原因3(四))するので検討する。

<証拠略>によると、請求原因3(四)(3)ないし(6)記載の懲戒処分例が存在することを認めることができるが、同3(四)(1)、(2)記載の処分例については立証をなさず、よつてこれを認めることができない。

そこで、右懲戒処分例(3)ないし(6)についてみるに、右処分例はいずれも上司に対し暴行を加え傷害を負わしめた点において((3)については上司の職務命令に従わなかつた点においても)本件懲戒事由と類似するものの、これに加えて上司の発した職務上の命令に従わず、かつ職務を放棄したことを懲戒事由とする本件処分とは全く事案を異にするものといわなければならず、よつて、事案を異にする事例と対比することを前提とした原告の右主張は失当というべきである。

最後に、原告は、本件処分は当時原告の所属する全逓が行なつていた反合理化闘争を弱体化せしめようとの不当な意図のもとに行われたものであると主張(請求原因3(五))するので按ずるに、原告が昭和四二年度に全逓守口支部執行委員となり、昭和四六年度には右支部班長として組合活動に参加していたことは<証拠略>により認めることができるところ、本件処分は、原告の違法な行為を理由として行われているのであるから、原告が組合において右のような地位を有して活動し、又仮に守口局において組合との間に原告主張のような状況があつたとしても、右事情をもつて直ちに本件処分が全逓の行なつている闘争を弱体化せしめる意図のもとに行われたものであると即断することはできない。よつて、原告の右主張は採用することができない。

3  前記認定にかかる原告の本件行為に至つた原因、性質、態様、結果及びその国民に与えた影響等を考慮すると、原告は本件当時手術後間もない時期にあつたこと、過去に処分歴を有しないことを勘案しても、本件処分が社会観念上著しく妥当を欠き、懲戒権者に任された裁量権の範囲を超えたものということはできず、よつて原告の懲戒権濫用の主張も理由がないものといわなければならない。

第三以上の次第で、原告の被告近畿郵政局長に対する訴えは、出訴期間を徒過して提起された不適法な訴えとして却下することとし、原告の被告国に対する請求は、理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 上田次郎 松山恒昭 上垣猛)

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